大判例

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名古屋地方裁判所 昭和47年(ワ)451号 判決

原告 山本精一

右訴訟代理人弁護士 伊藤典男

同 浅井正

被告 森口清一

〈ほか一五名〉

右一六名訴訟代理人弁護士 山本法明

同 山本紀明

主文

名古屋地方裁判所昭和四六年(リ)第二一号配当事件について同裁判所の作成した配当表のうち被告らに対する配当を取消し、同裁判所に新たなる配当表の作成を命ずる。

訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

一、原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、被告ら訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

二、原告訴訟代理人は、請求の原因として次のとおり述べた。

≪省略≫

三、被告ら訴訟代理人は次のとおり述べた。

(一)(二)≪省略≫

(三) 原告は、被告らの配当要求は第三債務者が同裁判所に事情届を提出した後で時期に遅れたもので不適法であると主張するが、右は優先権なき普通債権者が配当要求をしようとする場合にはあてはまるが、優先弁済を受ける権利を有する者は、民事訴訟法第六二〇条一項(同法五九二条六四六条二項)によって配当要求の時期を制限されないものと解するのが相当である(同旨大判昭和九年四月七日新日本法規出版社発行執行保全手続実務録(2)一二三五頁)。

けだし配当要求の時期の制限は配当手続の渋滞を防止することを目的としたものである(最判昭和三八年六月四日民集一七巻六五九頁)ところ、優先弁済を受ける権利のある債権は、それぞれ独自の理由によって法の保護が認められているものであり、これを単に配当手続の渋滞という理由で制限すべき理由はないというべきであるからである。

また優先弁済を受ける債権は法令上限られているのであるから、たとえこれらの債権にもとづく配当要求を許したとしても配当手続の渋滞の原因とすべきではなく、またそうでないとしても配当手続の渋滞という理由よりも、優先弁済を受ける債権を認めた法の趣旨をもって、右の債権を優先させるべきである。なお前記最高裁判例は、優先弁済を受ける権利のある債権にかぎって配当要求の時期の制限を除外した前記大審院判例を変更したものではない。

(四) 被告らの配当要求は民法三〇六条二号三〇八条の雇人給料の先取特権であり、これは賃金債権の保護という会社政策的理由によって認められているものである。したがって被告らの本件配当要求は正当であるから、原告の本訴請求は失当である。

四、立証≪省略≫

理由

一、原告が訴外共同建材株式会社に対して有する債務名義にもとづき右訴外会社の訴外日本国有鉄道に対する債権について当裁判所から債権差押命令を得てその執行をなしたところ、その後訴外共同建材株式会社の他の債権者が右執行手続に参加してきたので、訴外日本国有鉄道は右訴外会社に対する債務額金三〇〇万円を長野地方法務局に供託し、当裁判所は昭和四六年一二月二四日その旨の事情届を提出したことは弁論の全趣旨により明らかである。

そして被告らが訴外会社に対する合計金二一六万円の給料債権にもとづき昭和四七年一月二六日に当裁判所に配当要求の申立をなしたことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によると訴外会社は被告らに対して被告らが本件配当要求をした給料債権を支払っていないことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

そして当裁判所は昭和四七年二月二六日の本件配当期日に、被告らの配当要求の申立を容認した内容の配当表を作成したこと、原告が右配当期日に被告らの配当要求に対して異議の申立をしたことは当事者間に争いがない。

二、以上の事実関係にもとづき被告らの配当要求の効力について審案する。

(一)  まず右の事実関係によると被告らの配当要求をした債権は民法三〇六条二号三〇八条に定める一般の先取特権であることは明らかである。

(二)  そして先取特権者は自ら先取特権にもとづき債務者に属する財産を換価し、優先弁済権能を行使できるものであるが、他人のなした強制執行手続に対して配当要求の申立をなし、優先権を行使できるものである。

しかして右の配当要求は民事訴訟法に定められた手続によってなされるものと解する他はない。けだし先取特権は実体法上優先弁済を受けることができる権利として定められているけれども、その権利の内容を実現するべき手続規定は、競売法と民事訴訟法中の強制執行篇の規定以外にはないからである。

また民法三三五条三項は「一般ノ先取特権者ガ……配当ニ加入スル……」旨を定めているが、民事訴訟法の規定以外に配当要求の手続を定めた法規は存しないから、一般の先取特権者が第三者の開始した強制執行手続に加わり、一般債権者に優先して配当を受けようとするには、同法の定めた配当要求の手続規定による他はないのである。

したがって先取特権は実体法上優先弁済を受けることができる権利であるにとどまり、配当要求手続によってその権利を実現する場合には、一般債権と同じ法規が適用されるものであるといわなければならない。

(三)  ところで各種財産について配当要求をなし得る時期はそれぞれ法定されているが(民事訴訟法五九二条、六二〇条一項、六四六条二項)、要するに差押財産の換価手続が終了し、配当すべき金銭が判明する時までというべきであって、金銭債権については、民事訴訟法六二〇条一項により、差押債権者の取立届出の時まで配当要求が許される。しかし右法条は通常の場合を前提とした規定であって、金銭債権について本件のように重複差押がなされた場合に第三債務者が配当にあずかるすべての債権者のために債務額を供託して執行裁判所にその旨の事情届をした後は、配当要求は許されないものと解するのが相当である。けだし重複差押又は配当要求があると差押債権者は取立命令によっても第三債務者に対して自己へ支払を請求することができず、ただ供託を請求できるにとどまるものであり、第三債務者が右供託をすれば、供託金の上に差押の効力は残るけれども、債権差押の手続は終了し、配当手続に移ることになるからである。また債権者が取立を完了しその旨を執行裁判所に届出た場合、若くは第三債務者が供託してその旨の事情届を執行裁判所に提出した場合には、第三債務者の債務者に対する債務は、その時点で消滅するものと解される。けだし第三債務者は債権者に取立てられることによって、その債務は弁済されたことになり、また右の供託によってその責務を免れることになるからである。しかして執行裁判所に債権差押手続の終了時期を明確にわからせるために、差押債権者もしくは第三債務者に対して前記の届出をさせることにしたものと解するのが相当である。そうすると消滅した債権に対する差押は無効であるから、第三者のなした債権執行手続に加入して配当要求ができる時も債務者の第三債務者に対する債権が消滅するまでの期間であるというべきである。そして配当要求債権者は債務名義を有する債権者がなした差押の取下に対して異議を述べる権利も資格も有しないから債務名義を有しない債権者の配当要求は差押手続が存続している場合に限りなし得るものというべく、差押ができない状態となったのになお配当要求ができるということは矛盾以外の何ものでもない。

また第三債務者の供託事情届後に配当要求が許されるとするならば、配当手続が完了するまで無制限に配当加入を許すという法の予想しない取扱を承認せざるを得なくなり、配当手続の遅延は避けられないものになるのである。

(四)  ところで被告らは優先弁済権を有する者は配当要求の時期に制限がないとして大判昭和九年四月七日の判例を引用している。しかして右の大審院判例は大判民集一三巻五一五頁に登載されているものであるが、その判旨は「……上告人ハ普通債権者ニシテ優先弁済ヲ受クル権利ヲ有スル者ニ非ザルコト原審ニ於ケル上告人ノ主張自体ニ依リ明白ナルガ故ニ、優先弁済ヲ受クル権利ヲ有スル者ハ民事訴訟法六四六条二項ニ依リテ配当要求ノ時期ヲ制限セラレザルモノナリトノコト、即本件ノ実際ニ関係ナキ事項ヲ前提トシテ原判決ヲ非難スル第四点ノ理由ナキハ勿論ナリ……」というのであって右の判旨からは優先弁済を受ける権利を有する者は、配当要求の時期について制限されないという事は判断されていないことは明らかである。したがって右の点に関して被告らが引用する判例は本件には適切ではないといわなければならない。

(五)  以上の認定判断によれば、実体法上優先弁済権を有する一般の先取特権者がその債権を実現するためになす配当要求手続は、民事訴訟法に定める手続によるべきであって、手続法上一般債権者と異る取扱を受け、配当要求の時期を制限されるものではないということはできない。

三、してみれば、被告らの配当要求は時期に遅れてなされたものであるから不適法であり、当裁判所は被告らの配当要求にかかる債権を除外して配当表を作成しなければならなかったものなのである。

したがって右の配当要求を容認して作成された本件配当表は違法であるから、これが更正を求める原告の本訴請求は正当として認容し、民事訴訟法六三六条後段八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高橋爽一郎)

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